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  An Absurd Story・3


「ひーむかいっ」
 夏休みを目前に控えたある日の朝。
 HR前の教室で、いつも勝手に楽しげなクラスメイト・田口優が、いつも通り陽気に話しかけてきた。
「なに田口、また宿題忘れたの? ほれさっさと写しなー」
「やあやあいつもすまんねえ~」
 そう言いながら、田口はあたしの前の席の椅子に勝手に座って身を乗り出す。
「って違うよ! お化け屋敷行こうぜお化け屋敷!! ねーちゃんがここのゲーセンでバイトしてるから優待券あってさ。ほら、じゃーん!」
「げ、絶対ヤダ」
 朝からノリツッコミまでこなす田口のテンションに構うことなく、あたしは冷ややかに即答した。
「なんでだよ日向!? 夏といやお化けだろ納涼万歳だろ!?」
「夏といやかき氷だよ! あたしが恐怖系ダメなの知ってるでしょ!?」
「頼むよ日向! 俺の部屋クーラーねぇんだよ!」
「知らないよ!」
「今年の暑さには既に白旗降伏なんだよもう!」
「放せあんたが暑苦しい!」
 まったく、コイツがハイテンションなのは仕方ないってかもう慣れたけど、いちいち抱きついてくるなっつの。
「あつい死ぬマジ死ぬ~」
「一人で死んでろ!」
 ああもう、いつもこんな調子だから、みんなからあらぬ誤解を受けるんだよ。自覚してないのかヤツは?
 やれやれと溜息をついて、手帳の中の今日の日付に目を落とす。
 お化け屋敷じゃなくたって、今日は遊びに行くつもりはないんだ。だって今日は特別だから。
 今日は記念日だ。あの約束の春の日から、今日でちょうど三ヶ月。




 帰り道、いつもより重たい買い物袋を下げて、鼻歌まじりで歩いた。きのこソースのハンバーグにサラダに冷製スープ。アイスクリームにいちごも添えて。こんなにたくさん出したら何事だってびっくりするかな、センリ。
 自分でも不思議に思う。以前はあんなに面倒だった自炊が、センリが来てから楽しくなった。
 言い忘れていたけど、あたしに家族はいない。
 父は幼い頃に病死して、ずっと母と二人暮らし。その母も去年他界した。残されたのは、一人で住むには広すぎるあの庭付きの一戸建て。
 淋しくはない、そう思ってた。
 あたしは恵まれていると、何度も何度も言い聞かせた。
 ……ああ、そうだ。今ならわかる。
 あの日、センリを拾ったのは、単にあたしのためだったんだ。





「ただいまー」
 帰宅してリビングに入ると、センリとなぜか田口がくつろいでいた。
「なんでいんの!?」
「冷房万歳!」
 田口はたっぷり氷の入った麦茶のグラスを片手に、実に爽やかにのたまった。なるほどな、つまりウチに涼みに来たわけですかこのヤロウ。
 しかもコイツら、何やらあたしの居ぬ間にすっかりうち解けてしまった感じだ。和やかにそして爽やかに談笑なんかしちゃってるよオイ。
「いやー、りほにもしっかり彼氏が居たとは……」
 うおおい! 待て! 彼氏じゃないし!
「保護者として安心したよ」
 保護者じゃないし! 
「どもっ、よろしくおねがいしますお兄さんっ」
 兄でもねえし! つーか否定しろ田口!!
「しかしね、どーも、りほは年頃の割に色気が足りんので何とかしてやっておくれよ青少年」
「 黙 れ エ ロ オ ヤ ジ 」
「任せといてくださいお兄さんっ」
「あんたも乗るなァァァー!!」
 だ―――っ! どこまで悪ノリする気だコイツらは! 言っておくがこれはツッコミじゃない。もはや怒りだ。
「もうっ、勝手なことばっかゆーなこのエロ軍団! ってゆーか帰れ田口!」
「えぇ~もう?」
「そんなに照れるなよりほ~」
「センリは黙ってて!」
 ああもうダメだ。奴等はこのミス温厚の理保さんに眠る阿修羅を呼び覚ましちまった。言っておくがもうこれはツッコミでも単なる怒りでもない。もはや憤怒だ。
 そんなあたしの迫力にたじろいだのか、流石の田口も退散した。しかしあたしの心に平穏は訪れてくれなかった。そう、センリがまだすっかりしっかり誤解中なのだ。
「オイオイりほ、いくらなんでもそんな風に追い返したら彼氏がかわいそうだぞ?」
「勘違いしないでセンリ! あたしあいつとはただの友達なの!」
 そう否定するあたしはがむしゃらなまでに真剣そのものだったはずだ。それなのにこのアホセンリときたら完全に誤解しきってるらしく、一向に話がかみ合ってくれない。
「心配しなくても俺は反対しないよ? ナイスな青少年じゃない」
「心配とかじゃなくって!」
「てれんなてれんな~」
「だァからもう!!」
 あーもー疲れる! 腹立つ! 何ヘラヘラ笑ってんだこのボケオヤジはァッ!
 当のセンリはあたしの苛立ちなんかまるで知らないみたいに、いつものあのノリで笑って言った。
「ほんと、なかなかお似合いじゃない。仲良くやんなよ」
 あたしの中で、何かが弾けた。



「違うって言ってるでしょ!!」



 パシャァン
 グラスの中の麦茶が勢い良くセンリの顔面に飛びかかった。
 視界が滲んだ。
 手から滑り落ちたグラスがテーブルを転がり、床に落ちてガシャンと割れた。
「―――ッ」
 声にならないものが胸の奥から突き上げてくる。たまらなくなって、呆気にとられた顔のセンリを残してリビングを飛び出した。






 ぐちゃぐちゃだ。あたし。
 怒っているのか悲しいのか両方なのか。
 なんでそんなに怒っていて何がそんなに悲しいのか。
 わからない。ただ色々ぐちゃぐちゃになって、みんなぐちゃぐちゃになって、窒息しちゃいそうに苦しい。
 なんだよコレ。へんなの、子どもじゃあるまいし。
 おかしいってわかってるのに、なぜだか涙が溢れてくる。






 気付いたら、河原の土手に来ていた。
 そういえば昔はよく、いやなことがあるとここに来て泣いてたっけ。お母さんに叱られたとき、友達とケンカしたとき、学校で失敗したとき、一人でこうしてひざを抱えて。
 そうしているといつもきまってお母さんが探しに来て、うずくまってるあたしを見つけて「帰ろっか」って言ってくれた。




 川の水面が夕陽を受けて、キラキラ赤く輝いている。夏のはじめのぬるい風が涙の跡を乾かしていく。
「……センリのばか。違うってゆってんのに……」
 ぽつりぽつりと、胸の中のことばがこぼれだした。
「ふんっだアホセンリ。垂れ目。ジジイ。死んじゃえ。なんだよ保護者ヅラしちゃってさ。あんたはあたしのおとうさんかっつーの!」
 んっ? と、言ってしまってから違和感を覚えた。
 おとうさん?
 そうじゃなかったのか?
 あたしにとってセンリは。





―――りほの親は両方ともいないの?
―――うん、二人ともとっくに死んじゃったよ
―――そうか……
―――それなら俺のことをおとうさんだと思うといい。むしろダディと呼びたまえ
―――絶対ヤダ
―――じゃあお兄様でどうだ
―――オッサンのくせに
 ……そうだ、いつだったか、こんな会話があった。





 ほんとはずっと、センリのこと、おとうさんみたいに思ってた。
 あのときはああ言ったけど、ほんとはずっと思ってたんだ。
 センリのこと、おとうさんみたいに好きなのかなって。
 でも。
 それじゃあこの気分はなんだろう。
「ばかみたい……」
 こぼれたことばが、胸の中に大きな波紋となって広がっていく。
 あたしなんでこんな気分になってるんだろう。
 これじゃあまるで……






 ザァッと強い風が吹いて、河原が一面波になった。
「……百年ぶりに彼の気配を感じてきてみたのだけど」
 風の音にまじって、女性の声が後ろで聞こえた。
「どうやら無駄じゃなかったようね」
 振り向くと、土手の上で髪の長い女性がこっちを見つめている。誰だろう。遠目に見てもかなりの美人だ。
 っていうか、あれっ? さらっと「百年」とか言ったような……?
 その女性はゆっくりこっちに歩み寄り、あたしに向かって言った。
「あなた、センリのにおいがするわ」

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