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An Absurd Story・4


「……あなた誰? センリを知ってるの?」
「魔界じゃ彼を知らない人の方が少ないわ」
 長いまつげに縁取られた色気のある目を伏せて、さも当然のことのように女性は言った。
「それであなたは? センリとはどういった関係かしら?」
「ど、どう、って…………同居人?」
 唐突な質問にドギマギしながら答えるあたしを、女性は怪訝そうな表情で見つめる。
「それは……彼と契約しているってことではなくて?」
「契約……?」
「彼を護衛につけるという契約よ」
「…………あ」


―――りほのことは俺が守る


 なんだかよくわからないけど、あの約束のことなんだろうか。
 あのときたしかにセンリは言った。あたしのことをずっと守るって。
「……どうやらそういうことみたいね。不可解だけれど……まあいいわ」
 女性は風に吹かれた長い髪を耳にかけて、ぴんと張った声で言った。
「それじゃあ申し訳ないけど、その契約、白紙に戻してもらえないかしら」
「え」
 一瞬、理解できなかった。
 契約を。
 白紙に?
「それって……センリとはお別れってこと?」
「そういうことになるわね」
「どうして」
 突然なんなの。
 意味わかんない。
「ここは、彼の居るところではないわ」
 女性は微苦笑してあたしに言う。
「それにあなたも、あんなやつといるとろくな事がないわよ。そばにいたらこっちが疲れるだけなんだから」
 女性は髪をかき上げて言い捨てた。
「最低よ、あんなやつ」
 あたしはちょっとむっとした。
「そ、そんな言い方ってない! センリは悪い人じゃないよ」
「あら、あの人でなしのどこが?」
 女性はきれいな顔で冷たく聞き返す。
「センリは優しい!」
「優しいかしら」
「あたしには優しい」
「ふうん、随分むきになるのね」
 女性は冷めた目であたしを見ると、ふふっと、憐れむように苦笑した。
「お嬢さん、ひとつ忠告してあげる。あいつだけはやめておいた方がいいわ」
 何それ。どういう意味?
 女性はふぅっと溜息をついて、川下の水面を見つめて言う。
「人の心ばっかりかき乱して、自分は顔色一つ変えやしない。憎たらしい男。考えてることなんかさっぱりわからないんだから」
 そして女性は目を閉じて、こう付け加えた。
「恋人のあたしにだって、本音なんか語ってはくれなかった」
 心臓が、凍り付いた。
「あなた、センリと……」
「昔の話よ」
 ザァザァと、風に吹かれて草が鳴る。もう水面は光らない。西の空に赤い尻尾を残して、夏の太陽は沈んでしまった。
 女性にいきさつを話すように促されて、あたしはこれまでの三ヶ月のことを話した。女性は氷像みたいなきれいな顔で、相づち一つ頷き一つせず、黙ってあたしの話を聞いた。
「なるほどね」
 あたしが話し終わらないうちに女性は言った。
「犬に変えられていたセンリをあなたが助けた。その恩返しとして無償で護衛についたということね。ようやく合点がいったわ。センリともあろう人がただの人間の護衛なんて、にわかには信じられないもの」
 あたしはその口ぶりが少しひっかかった。
「センリって、そんなにすごい人なの?」
 あたしが訊くと、女性はきょとんとした目をして、それからやれやれというように苦笑した。
「あなた、なんにも知らないのねセンリのこと」
 ぎゅっと奥歯に力がこもる。
「センリは魔界屈指の力を持った、優秀な用心棒よ。そして、あたしは彼の上役のレイナ。まあ、こっちで言う人材派遣業みたいなものを思い浮かべてくれればいいかしら」
 レイナは続ける。
「元は王家の護衛についていた彼が突然、城を出てウチに来た事情は誰も知らない。センリの名声は当時、辺境の赤ん坊にまで届いていたというのに」
 初めて聞くセンリの過去に、あたしは身じろぎもせず聴き入った。
「秘密を知ると思われるのは、既に崩御なさった時の皇帝とセンリ本人のみ。とは言え相手があいつじゃ真相が明らかになることはまずないわね」
 そこまで言って、レイナはふっと笑った。
「まあそんなことはどうでもいいのだけど、とにかく彼はウチのエースなのよ。ウチの組織だけじゃない。センリを欠くことは、魔界にとっても大きな損失なの」
 風に吹かれる草と一緒に、胸がざわざわ音を立てる。
「ようやく居所を突き止めたんだもの。必ずこっちへ連れ帰るわ」
「……そんなこと、言われても」
 そんなの。
 そんなの知らない。
「……あたしに言われたって困るよ。べつにあたしが頼んだわけじゃない。センリが自分で言ったんだから」
 そうだよ。センリからしてくれた約束だ。
 そばにいるのはセンリの意志だ。
「本人が決めたことでしょ? 他人がとやかく言う事じゃないと思う」
 あたしが言うと、レイナはきゅっと眉をひそめて、ごきぶりでも見るような目であたしを見てから、嘲るように笑った。
「……やれやれね、あなた、センリのことが好きなのね」
 かあっ! と頭が熱くなった。
「さっきも言ったけれど、あいつだけはよしなさいお嬢さん。彼の優秀たる所以は何も力だけじゃない。すごいのはいわばプロ根性の方よ。主であれば誰であろうと全力で守る。そのためには誰を手にかけることも厭わない。そしてひとたび契約が切れればその瞬間から赤の他人。例外はないわ」
 そう言うと、レイナはかがんであたしの頬に触れ、あたしを覗き込むようにして言葉を続けた。
「だからあまり勘違いしない方が身の為よ。彼にとって守るべき相手は仕事相手。好きも嫌いも関係ないの」
 レイナは微笑んだ。でもあたしにはそれは、偽善的に作られた歪みにしか見えなかった。レイナはその歪みを顔にはりつけて、ゆっくり、あたしに宣告した。
「センリにとってあなたは、永遠に仕事相手でしかないわ」
 ドクンと、心臓が低く鳴った。



 …………なに……言ってんの?
 じゃああれは。
 あのときのあの瞳は。
 あのときのあの優しい声音は。
 あたしといるときのセンリは全部、つくりものだっていうの?
 そんなのありえないじゃん。



「……ほー……」
 遠くでセンリの声が聞こえた気がした。
「……ほー……お―――い……」
 気のせいじゃない。だんだん近づいてる。センリの声だ。
「お―――いりほ―――。どこだ―――。お―――い」
「センリ!」
 あたしは土手を駆け上がって返事をした。
「りほ! よかったやっと見つけた」
 センリは安心したように笑ってあたしに駆け寄ってから、「あ」と気まずそうに口を押さえ、うつむいた。
「…………その……さっきはゴメン。そんなに嫌がることとは思わなくて……つい」
 そう言って、センリは頭を下げた。
「ほんとにごめん。もう言わない」
「……いいよ、もう。べつに……」
 あたしはつとめてそっけなく言った。そんなことしかできなかった。
 だってセンリは、あたしが嫌がったほんとの理由をきっと知らない。
 あやまってほしいわけじゃないのに。
「なんだ、まだ生きてたのね」
 下からレイナの声。ぴくっとセンリの表情が変わった。
「とっくに死んだとばかり思っていたわ、センリ」
 土手を上がって姿を見せたレイナが、わざとらしくそんなことを言った。センリは苦笑して返す。
「久々だってのに相変わらずつれないなあ、きみは」
 二人のやり取りはどこか慣れた感じがする。それがなんだか、無性にあたしを不安にさせる。
「レイナ、どうしてきみがここに?」
「迎えに来たの。人となりはどうあれあなたはウチの重要人物だから」
「んっ、今なんかひっかかる言い方しなかった?」
「さあ。とにかく生存が確認できてよかったわ。じゃ、とりあえず本部に顔出してちょうだい」
 あたしは思わずセンリを見た。
「そうだな」
 センリは即答した。


 待って。
 あたしは一瞬にしてフリーズした。
 待ってよ。ちょっと待って。それって。
 それって今すぐ……。


 しかしセンリはそれからすぐに、凍り付いたあたしの頭にぽむっと手を乗っけて、こう付け加えた。
「でもそれ、もうちょっと後になるから。今俺このコの護衛やってるからさ。当分そっちへ戻るつもりないよ」
 センリのその言葉が、不安で凍り付いたあたしの心を溶かしていった。


 よかった。
 ほらねやっぱり。
 だって約束したもの。
 どこにも行ったりしない。


「……そうだったわね。さっきその子から話は聞いたわ」
 そう言うとレイナは、急にニッコリ笑った。
「いい子じゃない。可愛らしくてそれに素直で。聞いた話ではあなたも随分その子に好感持ってるみたい」
 な、なんだなんだ? なんなんだ急にこの人!?
「んっ? ああ……」
 センリはいぶかしげに返事をして、ぱっとあたしから手を放した。
 不自然なくらいのニコニコ笑顔のままで、レイナはさらに続ける。
「でも、仲良くやるのは結構だけど、人間に手を出すのは反則よ?」
「バカ言うな。言ったろ、りほは俺の主だぞ?」
 冗談だろとでも言うように、即座にセンリが言い返した。
 あたしはまるで何かに叩かれたみたいに、頭の芯がじーんと痺れて、身動き一つ出来なくなった。
「怒らないでよ。ちょっと気になったから忠告してあげたんじゃない。あなた随分その子のこと気に入ってるんでしょ」
「それとこれとは話が別だろ。なんなんだよレイナ、さっきから。何が言いたいんだ!?」
「べつに?」
 チラリとレイナがあたしを見た。
「……じゃ、本部にはあたしが連絡しておくから、手が空き次第出てきなさい。じゃあね」
 そう言い残して、レイナは夕闇の中に消えた。

   
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