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  An Absurd Story・6


「いただきます」
 午前7時。いつもお決まりの独り言を言って、朝食のトーストにかじりついた。

 サクッ サクッ サクッ サクッ

 持て余すほど広い部屋に、トーストをかじる音だけが響く。
 六枚切りのトースト一枚にりんごジャム。コップには牛乳。
 いつもお決まりの朝食風景。

 サクッ サクッ サクッ サクッ


―――朝食がトースト一枚ってのはよろしくないな
―――そお?
―――せめて牛乳をつけるといい。育ち盛りにはもってこいだぞ。そーすりゃペライ胸もちょっとはでかく……
―――死ねエロオヤジ



 もう、センリは居ない。




 べつにたいしたことじゃない。
 また普通の状態に戻っただけだ。
 朝起きてご飯食べて学校行って。
 何も変わらないいつもの日々だ。



 大丈夫、たいしたことじゃない。






 学校へ向かう途中、毎日通学に使ってる道で、やっぱり犬に吠えられた。
 あたしは犬が嫌いだ。なぜって、そもそも奴等があたしを嫌っているのだから仕方がない。
 奴等は飼い主には従順で喜んで尻尾を振るかわりに、部外者のあたしには、こっちに来るなと吠え立てる。
 そうだ、あたしはそれがいやだったんだ。
 お前なんか知らないぞって、お前なんかよそ者だって、そんな風に言われてるようで。
 そうすることで、俺たちは幸せな家族だぞって、絆で結ばれてるんだぞって、見せつけられているようで。

 お前はひとりぼっちなんだって、思い知らされてるようで。


 ああ、でも、奴等は本当に、家族の一員になってるのかな。
 そう思ってるのは人間の勝手で、奴等自身はただ単に、餌と寝床をくれる生物としか思ってないのかもしれないよ。
 首輪を付けられて繋がれて、渋々従ってるだけなのかも。
 もしそうなら、やっぱりあたしは犬が嫌いだ。
 そんなんだったら、そばになんていてくれなくていい。





「それじゃまた二学期に会いましょう。楽しい夏休みを」
 担任が言い終わると同時に、わーっと教室がざわめきだった。
「ひむかいひむかいっ。前にも言ったお化け屋敷のゲーセンでさ、また違う企画もやるんだって、行かねっ? ほら割引券!」
 やっぱり田口はいつものように、陽気なテンションで遊びに誘ってきた。その手にはピンク色したチケットが一枚。
「……『カップル限定特別優待券』?」
「けっこー面白そうだし試しにさー。どおっ? 夏休み中」
 照れ笑いなんかしながら田口が言う。普段のあたしならここですかさず「誰と誰がカップルだボケ一人で行け」などと突っ込むところだが、今日はそんな気も起きなかった。
「……考えとくよ」
 あたしはそう一言返すと、カバンを持って教室を後にした。
「おっ……おう! またなひむかいっ!」
 田口があわてて言うのが聞こえた。




 家並みの向こうに入道雲が浮かんでいる。
 ビーチサンダルの子どもが横を走り抜けた。
 はしゃいだ高い声がまるで夢の中みたいに遠くに聞こえた。
 やっぱりまた犬に吠えられた。それもなんだか遠くに聞こえた。
 





 家に帰ってくるたびに、あの春の夕暮れを思い出す。
 表札の前にうずくまる黒犬の姿が脳裏をよぎる。



 大丈夫。すぐに忘れるよ。
 あんな短い夢物語なんて、きっとすぐに忘れられる。
 そして、センリもきっと。
 あたしのことなんてすぐに忘れてしまう。





 ……………………。
 だ―――っもう! だめだだめだ! 暗いよあたし!!
 いよっし、今日はパーッと遊んでしまおう。そしたら気分も晴れてくれる。
 そんなわけで、帰宅後すぐに私服に着替えると、あたしは一人で市内の繁華街にやってきた。ここの駅前には全国でも名高い大型のゲーセンがあるのだ。ゲームなんてあんまりやらないけど、きっと気晴らしくらいにはなる。
 入り口に来ると、二つのやたらとデカイ看板が目についた。ひとつは夏季限定お化け屋敷。もうひとつも夏季限定で、何やらカップル限定イベントとか書いてある。
 ……ひょっとして、田口の言ってたゲーセンはこれか? っていうかあたし、マジに口説かれてる? うーむ、ど、どうしたら。
 などと考えて、ぼーっと突っ立っていたのがまずかった。行き交う人の群れに全然、気が向いていなかった。
 前から歩いてきた集団が、あたしの横をすれ違って、また戻ってきたようだった。ぼーっとしていて、顔までちゃんと見ていなかった。
「ひっさしぶりじゃん、クソガキちゃん」
 あたしの後ろで声がした。


 なす術もなく狭い路地裏に連行されて、続けざまに殴られた。沸き上がる痛みの奔流で呼吸の仕方も忘れかけた。
 ぎゃはははは、という笑い声が上から聞こえる。
 地べたのあたしに足が降る。


 痛い。
 怖い。
 だれか。
 だれか。
 たすけて。
 だれか。
 誰か助けて。



 痛みと恐怖で閉じた瞼のその裏に、センリの笑顔があった。



 ああ、そうだ。
 いつだって笑いかけてくれた。
 優しくあたしの名前を呼んで。
 いつだってそばにいてくれた。
 ずっとあたしを守っててくれた。



―――りほのことは俺が守る。ずっときみを守り続ける
 


 思い出すあの春の夜。
 優しくて少し淋しい黒い瞳。
 あの瞳に映るあたしをあたしが、信じることができていれば。




「センリ……」
 弱いあたしのことばがこぼれる。
「センリ」
 言っても無駄だとわかっているのに、洪水になって止まらなくなる。
「たすけて、センリ……」






 ぶわっと、強い風が吹いた。
 攻撃の雨が止んだ。おそるおそる目を開けて体を起こす。
 彼らの声はもう聞こえない。
 彼らの姿もそこにはない。
 そこにいたのはたった一人。ひどく懐かしい長身の人影。



「セン……リ……?」




 目をこすって、もう一度その場所を凝視する。
 呼ばれて振り向くその瞳が、あたしの視線とぶつかった。
 見間違いじゃない。まぎれもなく。
 センリだ。




「なん……で……? なんで来たの……?」


 センリは息を切らして、なんだかびっくりしてる顔で、あたしの問いかけに答えた。


「なんでって……りほが呼んだから……」


 夢じゃない。


「だって……もう契約切れてんのに……」


 幻じゃない。


「うん……わかってる……」


 センリが居る。






 思い出すあの春の夜。
 優しくて少し淋しい黒い瞳。
 あの瞳に映るあたしをあたしは、なぜ疑ったりしたのだろう。
 理屈じゃなくて感じていたのに。
 いつでも強く感じていたのに。
 優しくあたしの名前を呼んで、笑いかけて、ずっとそばにいてくれた。
 いつだってずっと。





 両目からウソみたいな量の涙が溢れた。
「わっ、だいじょぶかりほ!? そんな痛む!?」
 センリはあわててあたしに駆け寄り、しゃがんであたしを覗き込んだ。大きな手がそっと、傷ついたあたしの頬に触れた。
「ひでえな女の子の顔に……。跡でも残ったら滅殺もんだなあいつら」



 もうとっくに知っている。
 頬が熱いのは、手のひらの熱だけじゃない。
 鼓動が速いのは、怖い目に遭ったからだけじゃない。






「うそだからね……」
 今言いたいことがあるんだ。
 言わなきゃいけないことがあるんだ。
「え……?」
「冷たいとか中身がからっぽとか……あんなのうそだからね……」
 嗚咽に遮られながら、懸命に、想いを言葉に変えていく。
 大嫌いなんて、うそだ。
「そばにいて……」
 ことばがぽろぽろ溢れ出す。
 心が溢れる。
「あたしがおばーちゃんになっても、死ぬときまでずっと、そばにいてあたしを守って」
 センリは驚いた目であたしを見つめた。
 しばらく黙ってあたしを見て、それから、つぼみが開くようにふわりと、とびきり優しく笑って言った。



「おやすい御用だ、りほ」




 このトンデモ物語に、まだまだ終わりは来そうにない。





    
まずはここまでお読みくださった方に無上の感謝を。
そして同等の謝罪を(・・・)

なにぶんこの最終話は締め切り数時間前という修羅場中の修羅場に書き上げたもので
まさかのケータイ小説風味わいとなっております。

・・・・・・いずれ時間を見つけて書き直したいです。
Secret

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