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2008.08.19 フタオ・7
   7・補足


 このことは翔也は知らない。いや、すべてを正しく知る者は誰も居なかった。ただ、そのときの一連の出来事は、フタオが森を追われるに至った重要な経緯として、語っておく必要がある。
 夜のことだった。フタオが森を追われる前日……翔也がフタオと「おみっちゃん」の話をしたり、町会長から二尾狐の話を聞いたりしたあの日の夜。
 森の中のほこらの所に、男がひとり、我が物顔で腰掛けて、動物の肉やら木の実やらを喰らっていた。そして、男の前には森に棲む動物や霊たちが集まって……いや、集められていた。彼らは皆おびえていた。男の言いなりになって、この森のことを教えたり自分たちの食糧を差し出したりしていた。
 そのときフタオは森の外にいた。月の美しさに惹かれて、夜の空中散歩をしていたのだ。しかし途中で妙な胸騒ぎを感じ、森に戻ることにした。そうしてほこらに戻ってみると、そこでは例の男がふんぞりかえっている。
「なんだぁ? ちょっと留守にしたすきにおかしなことになってるな」
 フタオが声をかけると、男はふてぶてしい薄笑いを浮かべた。
「ハジメマシテ。てめえがここの主の二尾狐か」
「あんたは?」
「オレはイチモンジ。てめえと同じ妖狐だよ」
「ふうん。……で? よそんちで何調子づいてるのさ、おじさん」
「くくくっ、そんなおっかねえ目をするなよ。お仲間同士仲良くやろうぜ」
「一緒にしないでほしいな」
 フタオは動物や霊たちに「行きな」と合図した。彼らは一目散にその場を離れた。
 フタオはすたすたと男の前に歩み寄って言った。
「出てってくれない? あんたみたいのに居られると困るんだ」
「フン、森と村の平和のために、ってか?」
「まあね。一応はオレ、守り神ってことになってるからさ」
 フタオは男をまっすぐ見据えて言った。男は不快な笑いを漏らした。
「守り神ねえ。くっくっく、こりゃおかしい」
 男は笑いながら、ぺっ、とほこらに唾を吐いた。
「……おじさん、もしかしてケンカ売ってるの?」
「いいや、ケンカなんか売らねえよ。てめえのなりがガキだからって、その力を見抜けねえほどバカじゃねえよオレは。やり合えばオレも無事じゃすまねえだろうさ」
「じゃあおとなしく出てってよ」
 男はなおもくっくっ笑いながら、食べ終わった後の骨を投げ捨てた。
「なあ二尾狐さまよぉ、世知辛い世の中になったよなあ。厳しい住宅難でオレたちは絶滅寸前だ。だからよ、神だか何だか知らねえが、こういうメシ付き物件を独り占めされちゃたまんねえの」
「メシ付き物件、ね」
 フタオは苦笑した。
「人里近くの深い森なんて最高だよ。てめえが気に入ってんのもわかる。安心しな、てめえがキープしてる獲物にゃ手出ししねえからよ」
「何のこと?」
「昼間てめえと一緒にいたガキさ。うまそうだよなー、食欲そそるぜ」
 フタオは男を鋭くにらみつけた。
「おいオッサン! ショーヤに手ぇ出したらただじゃおかねーぜ」
「だぁから手出ししねえって言ってんだろ。ま、気持ちはわかるぜ。誰にも渡したくねえよなあ。後でゆっくり喰うんだろ?」
「喰わねーよ! ショーヤは友達だ」
 フタオはきっぱり言い切った。男はあっけにとられたようにフタオを見ていたが、やがて腹を抱えて笑い出した。
「なんだオイ、言うに事欠いてともだちだとよ! 妖狐と人間が! あー、腹痛ぇ、まったく、笑かしてくれるねえー!」
「ああ笑えよ。オレはショーヤも村の人間も喰う気はない。あんたに喰わせてやる気もない。ここは諦めてさっさとどっか行きな」
 男から笑みが消えた。
「そうかい。それじゃしゃあねえわ、とりあえず……」
 男は変化を解いて、大きくて薄汚れた狐の姿になった。顔の中央を一本の古傷が横切っている。イチモンジの名はここからきたのだろう。
「てめえは邪魔だ! 消えてくれや!!」




 ほんの一瞬で勝負は着いた。
 立っていたのはフタオだった。あくびをひとつして、何事もなかったように寝床に着いた。これで終わったはずだった。
 かろうじて一命をとりとめていたイチモンジは二尾狐を恨んだ。フタオが狙ってやったことだが……イチモンジは生きてはいるもののとても妖力など使える状態にはなかった。これから先、普通の狐として生きることはできるが、今更そんなのは我慢ならなかった。惨めに生き延びるくらいなら、あの二尾狐のヤツに復讐してくたばってやる、と思った。何とかして、何らかの形で……。
 イチモンジは残る力を振り絞って、住民たちに夢を通して語りかけた。二尾狐はおまえらを狙っている、早くしないとあのぼうずが喰われちまうぞ、と。
 翌日、この声を聞いた住民は誰ともなくこの不気味なお告げを話題にし、みんなも同じ声を聞いたと知って震え上がった。その日ちょうど用事でここに来た「ゆかねえ」は、その話を聞くと顔面蒼白になって、自分と翔也が出会った謎の少年、フタオのことを話した。
「あいつがそうよ……翔也くんが食べられちゃう!」
 住民は立ち上がった。翔也を、村を、救うために。本当の人喰いは「お告げ」の声の主で、そいつを退治したのがこれから追い出そうとしている二尾狐だったなんて、知る由もなく。


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